東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)2413号 決定 1969年4月16日
申請人 原淳子
<ほか一名>
右両名代理人弁護士 山根晃
<ほか七二名>
被申請人 株式会社大安
右代表者代表取締役 小林実弥
右代理人弁護士 後藤孝典
同 秋本英男
主文
申請人らが、被申請人の従業員たる地位を有することを仮りに定める。
被申請人は、昭和四三年一一月二五日以降、本案判決確定に至るまで、申請人原淳子に対し金二九、七〇〇円を、申請人前原和子に対し金二三、四〇〇円を、毎月二五日かぎり仮りに支払え。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
主文第一項同旨の裁判
第二当裁判所の判断
一 被申請人会社は肩書地に本社を、大阪、京都に出張所を置き、日本、中国の図書、文房具類の輸出入、国内販売を目的とするところ、申請人原淳子は昭和三八年四月二四日入社して本社販売課の店売、その後卸業務に従事し、申請人前原和子は同四一年五月、入社して、本社販売課の店売、申請外星文社に出向して印刷業務、次いで、同四三年四月二四日より本社出版業務にそれぞれ従事していたこと、被申請人が申請人両名に対し、同年一一月九日懲戒解雇および予備的に予告解雇する旨の意思表示をそれぞれしたことは当事者間に争いがなく、疎明によれば、右予告解雇による解雇日は同年一二月一一日であった。
二 疏明によれば、本件解雇に至る経緯として、左記の事実が一応認められる。
(1) 被申請人会社は、かねて中国で進展している文化大革命路線を支持する立場で営業を行なってきたところ、従業員のなかには右路線に批判的な立場を取る日本共産党の方針に同調するものがあり、従業員は会社の見解に従うものとの二派に分れ、思想的な対立に根ざすところから、両派は互に反目しあってきた。
ところで、会社が昭和四三年二月一四日本社従業員相川雅信および中島忠夫の両名を転勤命令等に従わないことを理由として解雇するや、両名および会社反対派の従業員は、右解雇は思想信条等を理由とするもので反対派に対する攻撃にほかならぬと考え、大安争議団を組織すると共に、他の応援も得て、会社に対し解雇撤回の斗争をすることとし約一〇〇名が同年二月九日、三月一六日、四月一一日、五月九日の四回にわたり、会社本社前に集合したうえ、社長に団体交渉の要求をする等の抗議行動を行ない、その都度、会社派従業員と小ぜりあいを生じた。
(2) 五月九日の抗議行動は午前一二時四〇分頃から五〇分頃までの間になされたところ、当日午後一時頃から二時四五分頃までの間本社において、会社派従業員の藤沢正之と同有吉克彦は、前記抗議行動は申請人原および前原が抗議団と内通し、これを手引きしたとして、両名に対してこもごも詰問のうえ、手拳又は手にしたソロバン等で、両名の頭部、顔面等を殴打するなどの暴行を加え、両名に対しそれぞれ頭部外傷、頭部挫傷等の傷害を与え、このため両名を入院加療のやむなきに至らせたところ、その場に居合わせた従業員および職制の一部は暴行を制止する等しなかった。
(3) そこで申請人両名は、同月一一日、藤沢、有吉の両名を傷害暴力行為等処罰に関する法律違反で東京地方検察庁に告訴するとともに、同年九月一二日、前記暴行には藤沢、有吉のみならず被申請人会社代表取締役小林実弥、取締役大山茂、販売一課責任者嵯峨弘、販売二課責任者益田操も関与し、その責任があるとして、これらのものに対し、各自金一〇〇万円の慰藉料の支払いを求める損害賠償の訴を東京地方裁判所に提訴した。
会社は、これに対し、右訴訟はデッチ上げで会社に対し重大な信用上の損害を与えるものであるとして、申請人両名に対しこれが訴の取下を強要し、両名がこれを拒否するや、右訴えを取り下げないことのほか、両名が日本共産党の会社に対する営業妨害行為に加担し、前記抗議団に内通して手引きする等して、会社に重大な信用上、実質上の損害を与えたことを理由として、本件懲戒解雇および予告解雇に及んだ。
三 以上認定の事実に基づき、本件各解雇の意思表示の効力について判断する。
およそ他から自己の権利を侵害された場合、被害者がこれが救済を裁判に求める権利を有し、一旦提起した訴えを取り下げるかどうかはその自由に委ねられていることは他言を要しないところ、本件の場合、申請人両名は、藤沢、有吉から暴行、傷害を受けたのであり、その余の会社らを前記訴訟の被告としたことは、暴行等の場所、時間、居合わせた他の従業員の態度、会社内における従来の思想上等の対立からみて、申請人両名にとり無理からぬところと一応云えるから、前記訴訟を提起してこれを維持することは、両名に許容されるべき権利の行使に属することは明らかである。
被申請人は、前記訴訟は民事訴訟に藉口して会社を経済的社会的に窮地に追い込み、もって会社を破壊倒産させようとする意図によるものであると主張するが、これを認めるべき資料はない。
更に、被申請人は、申請人両名は前記解雇反対の抗議団の手引をする等して会社の業務を妨害し重大な損害を与えたと主張するが、これを認めるに足りる疏明もない。
そうだとすると、本件各解雇の意思表示は、いずれも理由のない解雇で恣意によるものというのほかなく、解雇権の濫用として無効というべきである。
四 よって、申請人両名は依然被申請人に対し従業員としての地位を有し、被申請人が本件解雇後申請人両名の就労を拒んでいることは当事者間に争いがないから、それぞれ被申請人に対し解雇後の賃金請求権を有するというべきである。
疏明の全趣旨によると、申請人両名は被申請人から受ける給与を唯一の生活の資としていることは明らかで、他に収入を得ていることを認めるべき疏明もないから、本案判決までの間労働契約上の権利を有しないものとして取り扱われることにより申請人両名は回復しがたい損害を受けるおそれがあるといえる。
ところで、当事者間に争いのない事実によると、本件解雇当時における賃金月額は、申請人原は金二九、七〇〇円、同前原は金二三、四〇〇円で、毎月二五日払いであるから、被申請人に対し昭和四三年一一月二五日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日かぎり、申請人原に対して月金二九、七〇〇円、申請人前原に対して月金二三、四〇〇円の各支払を命ずるのが相当である。
五 よって、申請人両名の本件仮処分申請は、被保全権利の存在と必要性につき疏明があるから、保証をたてさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 宮崎啓一 大川勇)